蹴球部
あたま山・前半
仲入り
あたま山・後半
開口一番はなし。骨折されていて、高座まで歩くのと上がるのが大変そうでした。病院の話、なかなか骨折の診断がつかなかったとのこと。診断がついたから治るわけではないし、治療法が変わらない場合もあるけれど、判らない状態が不安なのだと思う。早く治るといいですね。
蹴球部は、ナンセンス満載。あたま山前半の八五郎方向転換から、後半の明晰夢へと入れ子構造とのこと。終演後、入れ子のアイディアの出所は春吾さんというお話であった。あとから春吾さんのことを調べてみたら、こはるさんと一緒に二ツ目昇進された方で廃業されたとのこと。一度拝見したかった…!インターネット上の記事などでみても、評判はすこぶるよく。こういったところも含めて、落語って刹那の表現だな、と。あらためて。
あたま山の構成で思い出されるのが、鴻上尚史脚本の恋愛戯曲。脚本家のスランプをベースに、劇中劇から、さらに劇中劇へと展開するストーリーだが、なにぶん観たのがかなり前なので(調べたら2001年のもののようだ。その後2006年に再演され、さらに映画化もされていた)話の細かいことはすっかり忘れてしまっていて、ただ入れ子のような構造になっていたことだけが共通点なだけなのだが、今回の公演でこのような相当に古い自身の観劇体験が喚起されたことは、ちょっと刺さる出来事でもあった。
演劇的な、それも王道やメジャーといった雰囲気とは一線を画した、しかしアングラ的でもない、まさに「あのころ」の空気を勝手に感じた公演(口演)だった。落語という表現の可能性が、表現する側のみならず、受け手の側にとっても無限なのだということを確認できた良い経験であった。